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ボサノヴァ誕生の秘話に迫る映画 This Is Bossa Nova

this is vossa nova
1950年代末。ブラジル、リオ・デ・ジャネイロの海沿いで、若者たちの中から新たなブラジル音楽を創出する動きが始まる。

それは、のちに「新しい傾向」=ボサノヴァと呼ばれる、きわめてモダンな音楽の芽吹きだった。当時の伝説的音楽家たちの演奏フィルム、研究者のコメントなど貴重な映像を集め、ボサノヴァ誕生の秘話に迫るドキュメンタリー映画です。


ボサノバの誕生


1950年代中期、リオ・デ・ジャネイロに在住していた若手ミュージシャンたちによって創始された。

ボサノバ誕生の中心となった人物として、作編曲家のアントニオ・カルロス・ジョビン(トム・ジョビン)、歌手でギタリストでもあったジョアン・ジルベルト、ブラジル政府の外交官にしてジャーナリストも兼ねた異色の詩人ヴィニシウス・ヂ・モライスらが挙げられる。

1958年、モライスが作詞、ジョビンが作曲した「Chega de Saudade(想いあふれて)」が、大歌手であるエリゼッチ・カルドーゾによってレコーディングされ、その際ジョアン・ジルベルトがバックのギター演奏で最初のボサノバレコードとして発表された。

「ボサノバ」(「新しいタイプの才能」)という言葉が確認されるのは、ジョビンとニュウトン・メンドンサが共作したヒット曲「Desafinado(ヂザフィナード)」(1958年)の詞の一節で、ほどなくしてこれらの音楽を総称する言葉となった。「Desafinado(調子っ外れ)」という題名自体、ボサノバにおける強いアマチュアリズムの影響を思わせるものである。実際、多くのボサノバ作曲者たちは、ギターを抱えて自作の歌を弾き語った。本来歌い手ではない彼らのささやくような歌唱は、ラテン音楽において優位を占めていた、大きな声量による朗々たる歌唱とはかけ離れたものであったが、ボサノバにはむしろ非常に合った歌唱法であった。彼らは歌い方の面でもまた、一つの新しい在り方を示したのである。

Wikiepdiaより一部抜粋


ボサノヴァ独特のリズム、奏法、歌詞の世界観がどのように形成されていったのか、年代を追って丁寧に語られていく素敵な映画ですよ!

This Is Bossa Nova公式ウェブサイト

This is BOSSA NOVA
サントラ カルロス・リラ ホベルト・メネスカル・イ・セウ・コンジュント
B000RG151U

≪ 一人4役でバンドを結成してしまう男の制作現場を見てみるホーム盲目のギターソウルシンガー ラウルミドンについて ≫

Comment

コメントをどうもありがとうございました〜♪
それから素敵なコミュもありがとうございます!ラテン好きな方達の存在を身近に感じることが出来てとても嬉しいです!
新しい記事にコメントしようかと思ったのですが、私の体を流れるボサノヴァの血がコチラにコメントせよと囁くのでコチラに。(笑)
ヂザフィナードの歌詞、私は大好きです。
私はちょっとオフキーなトンの囁くような優しい歌声が大好きです。
歌は自分のスタイルで、心で、自由に歌うものだって教えてくれたので。

ルンさん。こんにちは。ボサノバの血がルンさんの体の中を流れており、その体がそのボサノバに支配されているようですね(笑)

私もラテン好きな人のつながりを色々な方と持つことに喜びを感じております。自分のスタイルで、心で、自由に歌う。じんわりと心に響く言葉ですね。

ステキです。

ステキな考え方ですね。とても勉強になります。

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